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津田 左右吉(つだ そうきち、1873年(明治6年)10月3日 - 1961年(昭和36年)12月4日)は、20世紀前半の歴史学者である。『日本書紀』『古事記』を史料批判の観点から研究[注 1]したことで知られる。栄典は従三位勲一等瑞宝章、文化勲章。 『古事記』や『日本書紀』、特に神話関係の部分は後世の潤色が著しいとして文献批判を行った。その方法は津田の創始ではなく、明治以降の近代実証主義を日本古代史に当てはめ、記紀の成立過程についてひとつの相当程度合理的な説明を行った側面が大きい。明治以後の近代史学では、歴史の再構成は古文書、日記等の同時代史料によるべきであって、たとえば『平家物語』や『太平記』を史料批判なくして同時代史料に優先して歴史の再構成に使用してはならないという原則が、広く受け入れられていた。 ただし同様の原則を古代史に適用することは、直接皇室の歴史を疑うことにつながるゆえに、禁忌とされてきた。それを初めて破って、著書の中で近代的な史料批判を全面的に記紀に適用したのが津田だった。それゆえ津田が従前の歴史学から離れた立場にあったわけではないが、津田の業績を基本的に承認・利用しつつ、その核心部分を肯定する文章を自ら書き下ろすことは避けようとする態度が他の学者にはあった[8]。しかし、このような「津田史観」すなわち津田は記紀を「否定」したともされる見方について、津田自身はそれを「誤解」であるとしており、又、津田自身は天皇制を「否定」したことはなかった。[注 4]。津田は、日本の思想形成における中国思想の影響については否定的もしくは消極的な立場をとり、日本文化の独自性を主張した[5]。 津田の個々具体的な主張には、かなり印象論的なものも多く、批判もあった。日本史の坂本太郎や井上光貞は、津田らの研究が「主観的合理主義」に過ぎないという主旨の批判を行っている[注 5]。但し、坂本や井上をはじめ戦後の文献史学者の多くは、津田の文献批判の基本的な構図を受け入れており、一般に継体天皇以前の記紀の記述については単独では証拠力に乏しいと見ている。歴史学界の外部からは、津田が歴史史料以外を信用せず、考古学的・民俗学的な知見を無視したことに批判がある[注 6]。 ■<発行> ・昭和38年10月 第1回配本 1巻奥付 ■<月報> ・全揃い ■<状態> ・函にヤケ、シミ、汚れ、破れ、潰れがあります。 ・表紙等にヤケ、シミ、汚れ、スレがあります。 ・小口等にヤケ、シミ、汚れがあります。 ・見返しにヤケ、シミ、汚れがあります。 ・ページ内にヤケ、シミ、汚れ、折れがあります。 ■写真のものが全てです。付属物の有無や状態については写真からご判断ください。 ■付属物については細かいチェックはしておりませんので、万が一、欠品があったり余計な物が入っていたとしてもご了承ください。 ■商品によりますが、発売されてから10年以上経過している中古品である事をご理解頂いた上でご入札をお願い致します。





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